またまたまた、中国でのこと
ホワイトスワン ホテル内。
ホテルの近くのベビー用品屋さんで働いていた日本大好きのお姉ちゃん。彼女とは気が合って、毎晩彼女の英語の練習に付き合いました。すごく性格が良く、アンナの事も可愛がってくれました。
広州IKEAの右隣がアメリカ領事館
アメリカ領事館前の 広州南駅前の公園。
広州動物園の飼育係りのおじさんは、中国雑技団出身?
中国の新年を間近に、買い物でにぎわう街中
広州動物園のパンダは1頭だけ。
六格寺
六格寺にて。子供連れだと、いろんな人が話しかけて来てくれて、楽しいんです。
流花湖公園にて。Momが地元の女性から太極拳の手ほどきを受けました。
ホテルの近くのベビー用品屋さんで働いていた日本大好きのお姉ちゃん。彼女とは気が合って、毎晩彼女の英語の練習に付き合いました。すごく性格が良く、アンナの事も可愛がってくれました。
広州IKEAの右隣がアメリカ領事館
アメリカ領事館前の 広州南駅前の公園。
広州動物園の飼育係りのおじさんは、中国雑技団出身?
中国の新年を間近に、買い物でにぎわう街中
広州動物園のパンダは1頭だけ。
六格寺
六格寺にて。子供連れだと、いろんな人が話しかけて来てくれて、楽しいんです。
流花湖公園にて。Momが地元の女性から太極拳の手ほどきを受けました。先日の私達の“第1回Gotcha Day記念日”から、10日が過ぎました。先週の9日の土曜日はマイクも仕事の休みを取り、我が家で"Zebe's Gotcha Party"を開きました。パーティーにはMom,親戚、友人、ご近所さんなど17人ほどが集まって私達をお祝ってくれました。それにプレゼントもまた皆さんから沢山いただいて、アンナはダブル〝P"(パーティー&プレゼント)に大喜びの一日。この日のパーティー、午前4時まで続きました。で、翌日はマイク、私、アンナの3人ともパーティー疲れで「さぁ、今日は1日中、パジャマで過ごそう!」と家の中で3人ゴロゴロしていると、その夕方、日本人の友人とそのご主人さんがワインを持ってやって来ました。ところがドアを開けた時の彼女達の顔は「???!!」...。私達は3人ともパジャマ姿で、それに家の中はシ~ンと静か。そう、彼女達はパーティーの日にちを間違えてやって来てしまったのでした。
ところで今回も、またまたまた中国でのお話です。
1年前の今日、私達は広州を後に香港へと列車で向かいました。広州滞在中は、毎日私達はいろいろな手続きの為、忙しい日々を送っていました。7日の午後は警察署にて、アンナの中国のパスポート申請。8日~10日、役所にてアンナの養子手続き、面接、中国政府への支払い。11日は日曜のため、やっと取れたフリーでMomと私達3人で自由行動(街中散策)。12日午前中、アメリカ領事館へアンナの渡航Visa申請、渡航後のアメリカ市民権取得申請のための写真撮影、健康診断。13日午前中、アメリカ領事館へ移民局へ提出のペーパーワーク。14日午後、アメリカ領事館にて、アンナのVisa受け取りとアメリカ市民権取得承認のセレモニー出席。そして、そのあい間に広州の観光(流花湖公園、六格寺、広州動物園、陳家廟、リバークルージング)、というスケジュールのぎっしり詰まった毎日で、今回の広州はへとへに疲れた滞在でした。でも、滞在中はあんなに毎日忙しかった広州なのに、今はとても懐かしく思います。それに沢山の良い思い出がいっぱいで、いつの日かもう一度広州に戻って今度は家族3人でゆっくりとした時間を過ごしたい、とマイクと私はしょっちゅう話しているのです。実は私とマイクは1991年12月に、イスラエル人の友達2人と一緒にこの広州に来ていました。その時の中国の旅は個人旅行者にとっては、厳しくつらい経験の多かった旅でした。でも、今回の中国は本当に良い旅行で、中国は時代が変わったんだと、つくづく感じた旅でした。
ところで今回も、またまたまた中国でのお話です。
1年前の今日、私達は広州を後に香港へと列車で向かいました。広州滞在中は、毎日私達はいろいろな手続きの為、忙しい日々を送っていました。7日の午後は警察署にて、アンナの中国のパスポート申請。8日~10日、役所にてアンナの養子手続き、面接、中国政府への支払い。11日は日曜のため、やっと取れたフリーでMomと私達3人で自由行動(街中散策)。12日午前中、アメリカ領事館へアンナの渡航Visa申請、渡航後のアメリカ市民権取得申請のための写真撮影、健康診断。13日午前中、アメリカ領事館へ移民局へ提出のペーパーワーク。14日午後、アメリカ領事館にて、アンナのVisa受け取りとアメリカ市民権取得承認のセレモニー出席。そして、そのあい間に広州の観光(流花湖公園、六格寺、広州動物園、陳家廟、リバークルージング)、というスケジュールのぎっしり詰まった毎日で、今回の広州はへとへに疲れた滞在でした。でも、滞在中はあんなに毎日忙しかった広州なのに、今はとても懐かしく思います。それに沢山の良い思い出がいっぱいで、いつの日かもう一度広州に戻って今度は家族3人でゆっくりとした時間を過ごしたい、とマイクと私はしょっちゅう話しているのです。実は私とマイクは1991年12月に、イスラエル人の友達2人と一緒にこの広州に来ていました。その時の中国の旅は個人旅行者にとっては、厳しくつらい経験の多かった旅でした。でも、今回の中国は本当に良い旅行で、中国は時代が変わったんだと、つくづく感じた旅でした。

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