アンナの洗礼を考える
アンナの誕生日に、私は彼女の産みの女性についてとりとめのない事を考え、感傷に浸っていた時、父親というものは(いや、男性というものは)現実を考えているものですね。その現実というのは、アンナの今後の教育問題。その日マイクは、アンナのプレイグループ&幼稚園の事を考えておりました。そして、アンナが2歳になった翌日には早速、彼女にカトリックの洗礼を受けさせるための相談に、彼の教会を訪ねていました。なぜに洗礼か?それは、彼の教会の幼稚園は、この地区では一番と言う評判。だから、アンナをそこに通わせたい。でも、アンナをそこに通わせるには、彼女はこの教会の信者にならなくてはいけない。そこで、アンナは洗礼を受けないといけない。しかし、アンナに洗礼を受けさせる為には、イースターとクリスマスしかこの教会に行っていないマイクのようなパートタイム信者の親は、教会のクラスを何回か受講しなければいけない。...という事で、マイクはこれからアンナの為に、しばらく教会に通うことになりました。私としては、「マイクは本当、大丈夫?朝、起きれるのかな?(マイクの帰宅は毎日午前3時ごろです)」なんて思うのですが、マイクの言うには、「アンナの為なら、がんばれる」との事。マイクのアンナに対する教育の情熱、彼はどこまでがんばれるか?大いに期しています。ちなみにアンナのお稽古事は、バイオリンとピアノだそうです。
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